月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

勉強が先か?好奇心が先か?

知的欲求が一度満たされると、世の中の色々な法則について興味が出てきて調べたくなる。塾では大学受験の勉強を教えていくことになりますが、最終的にはこの好奇心の循環を作り出していきたいということを日々考えているなかで、勉強をするから好奇心が沸くのか、好奇心が強いから勉強をしたくなるのか?と一瞬考えることがありました。

おそらくこれは、幼少期なのか思春期以降なのかで変わるのではないでしょうか?

自分の体験や色々友人にヒアリングしている中での気づきでは、現在の好奇心や探究心の原体験となっているのは幼少期にある傾向があります。共通しているのは、幼少期に未知の世界を知る体験をしているということです。たとえば、友人の影響だったり、図鑑や本から知る世界だったり、もしくは知らない場所に行ってみた経験だったり、「こんなことがあるんだ!」という経験の積み重ねで、好奇心が形成されていきます。以前blogで紹介した学力と階層 (朝日文庫)という本の中では、このことを「学習資本」と呼んでいます。

人が永続的に色々なことに興味を持ち、学習していくかどうかの分かれ道はこの学習資本があるか無いか、あれば雪だるま式にどんどん増えていくし、なければ増えることはなく減っていく。

この学習資本の形成は簡単に言えば、ある出来事に対する驚きや感動で、幼少期のほうが小さなことに対しての驚きが大きく(=弾力性が高い)、成長するにつれちょっとやそっとのことでは驚かない(=弾力性が低い)というものではないか。とすると、言語の習得とテーマが似ているようにも見えます。言語というのは幼少期に母語として習得するのか、大人になってから多国語として習得するのでは学び方がことなります。後者の場合、ただひたすら言語にぶつかるのではなく文法や単語の結びつきを論理的に理解することが近道だったりします。

であれば、思春期以降にこの好奇心という学習資本を得るには、あるていど型にはめた教育や勉強を強いるなかで、知的欲求を満たす一連のメカニズムを体得させる方法がありえるのでは?と思いました。驚きや感動の弾力性が低く、ちょっとやそっとのことでは動じない。つまり驚きや感動を得るためには多量のインプットが必要で、それを自分のなかで消化する作業を経て、ようやく面白さを感じる。

この時期に、自由にやらせるというのはかなりリスクが大きいと思います。最近、麻布中学・高校の教育が本になったりして話題ですが、これは元々勉強が出来る子(一通り詰め込んだ子)が自由にやったらめでたしめでたしという話で、学習資本がある人が自由に行動するのと、無い人が自由に行動するのとでは結果が異なります。

とくに中高生という遊びたい年頃に、自主的にまとまったテーマの学習をすることは難しいでしょう。だからこそ、中学や高校の一見つまらないような勉強に取り組むことは、合理性が感じられます。

 とはいえ勉強だけではつまらないのも確かですから、いくつか打ち手を考えていまして夏には第一弾を実施していきたいです。

--

相伝学舎では春期講習(3/24〜)の受講を受け付けています。
普段は塾にいますので、直接お越し頂いてもOKです。
お車の場合、auショップ裏側にずどんと停めてください。

相伝学舎ホームページ

相伝学舎facebookページ

TEL: 052-508-9988

line@: @sodeng

 友だち追加数