読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

愛知県で厳しい高校にいけば進学は安心と考えている人へ

○○高校にいけば、指導が熱心で厳しいから進学は安心だ

と進路先を考えている人へ。

誰かに厳しく叩かれて手に入れる合格通知にどれだけの意味があるでしょうか。

大学進学とはたしかに肩書きという「私はそれなりに教育を受けました」という情報発信の側面がありますが、3年間かけて勉強して学力を手に入れるという過程は肩書き以上のものを与えてくれるはずです。

すなわち、自分で立てた目標にたいして自分で計画をたて実行するというサイクルから、その後の人生の糧になりえる判断力を養うことができる期間です。

親から精神的に自立していく10代を「与えられた時間」として過ごすのか「自ら設定した時間」として過ごすのかは大きな違いであり、もしいわゆる「コッコウリツ進学に熱心な高校」で前者の時間を過ごしたら、ほんの少しの偏差値を手に入れるかわりに貴重な3年間を失うこととになります。

自分は厳しい環境ではないと勉強しない

という理由でそういう高校を選ぶのは、問題の先送りでしかありません。他人にケツを3年間叩いてもらったら4年目に自分に厳しくなりますか?なるわけがありません。

家が近いから

という理由で選ぶのなら、通学時間が短くなる以上に補習や課題で時間を奪われることをよく考えてください。

人生でまだ取り組んだことのない課題にチャレンジしたいと思った時に、一歩踏み出せるか前例がないことに足踏みしてしまうかの違いは、クリアできるかわからない課題を自分の力で乗り切った経験があるか無いかの違いです。

日本の中高生の多くは、部活やスポーツでなければ受験がこの経験を与えてくれます。

困った時に周りにお手本を教えてくれる人がいるという環境はせいぜい就職して入社後の1年程度です。つまり23歳以降人生のおよそ1/4は未知の課題と付き合い続けるのです。

失った時間は取り戻すことができません。