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月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

怒るのはなんでだろ〜

補習なんてサボっちゃえばいいじゃん
とか
課題なんて捨てちゃえばいいじゃん
とか
生徒に話すことがたまにあるわけですが、基本的には「そうすると先生に怒られる」ということが生徒たちの頭にはありまして、私は2点、思うことがあります。
もっと自分の人生を大事にしてほしいなということと、なぜ先生は怒るのか、ということです。とくに後者は考えるほど不思議であります。
「生徒に高い学力をつけてほしいから」という理由が思い浮かぶかもしれませんが、これはいわゆる余計なお世話です。たんに怠けたくて宿題をサボるのだとして、当の本人が学力をつける意欲がないのであれば、外野がどうこう言う必要はありません。私は基本は宿題を出さないし、出したとしてもチェックしないこともあります。やる気があればやっているし、勉強はチェックしてもらうのが楽しみでやるようなものでもないからです。特に私は高校生を相手にしていますので、たとえ塾に来ていようとやらないのは自己責任です。
本人が怠けたいのではなく、有用性を感じないからサボるのであれば、それを怒るのは筋違いです。
そういえば塾生に注意をしたことがありまして、私は愛想のあまりない人間ですから真顔で淡々と注意すると生徒からすれば怒られたと思うかもしれません。自習室で私語をする生徒は見つけ次第呼び出して注意します。
うちの塾の自習室は完全に私語0の集中せざるをえない空間にしたいと思い解放しています。私語0空間は全員が喋らないことで実現するのでだから、きみが喋ったらきみは快適かもしれないけど他の全員は不快だろう、ということを伝えます。友人同士でも挨拶すらしてはならない、というルールにしています。
いや、でも最初のころはやっぱ怒ってました。3度目くらいの注意で「何回言わせんだよ」と言った記憶があります。
集団の利害に関係することについては注意すべき、と言えるかもしれません。
では宿題や補習は宿題の利害になるのかというと、なりません。だれか一人がサボることで、他人に影響することはないからです。やっている側からすれば、やってないやつがいるなと思うだけだし、サボるやつに流されてサボるのもまた自己責任です。