当ブログでも何度か引用している
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
というどこかの誰かの有名なセリフですが、最近そんなことないんじゃないかと思っていまして、実際のところは
賢者は経験に学び、愚者は経験しても学べない。歴史に学べる人はスゴイ。
のような気がします。
例1
当塾に来る高校生に様子を見てみると、高校生になってからの勉強をとりあえず自力で頑張ってみたものの上手くいかなかった、あるいは失敗してしまったという経験から、入塾する生徒が多いです。一方、経験を通さずに、そろそろ受験勉強を本格化しないといけないから、という理由で来る生徒はなかなかいません。
例2
私の塾での仕事を考えると、最初は集団授業で生徒に教えてきましたが、今は個別に切り替えています。これは集団授業形式を進めていくなかで、思いつきで「このくらいの人数なら全員バラバラなことやってても案外対応できるのでは?」と個別添削をしてみたらなんとかなったので、それを数年かけてブラッシュアップして移行していきました。
例3
最近、きまぐれクック動画に刺激されて魚をさばくことにハマリ中ですが、魚をさばくというのは100回動画をみて勉強するよりも自分で1回さばいてみるほうが上達します。勉強中の高校生にとっては、何度東進の素晴らしい映像授業をみても自分で一度解いてみないと身につかない、といえば分かってもらえると思います。
ただし「試す」というのは場合によってはリスクを伴います。今、理系で勉強している人が文転したくなっても文転をいったん試すと後戻りするのは難しいし、そこまで劇的な判断ではなくても今使っている参考書を帰るとか、私のブログに触発されて内職生活を取り入れてみるとか、小さな決断だとしても貴重な高校3年間の数週間の時間を使う判断というのは簡単にはできません。
私も気をつけていることがあって、興味深い参考書があってもそれをいきなり生徒に紹介して生徒で実験するということはしないということです。たとえば物理選択の生徒には物理のエッセンスと名問の森をおすすめすることが多いですが、自分で一度問題を解いてみて確かにこれはいいなと判断したからおすすめできています。先日、「やさしい理系数学」に取り組んでいると書きましたが、これも今後の指導の材料になるかどうかと思ってまずは自分で試しています。
例4
みなさんも、自分の人生を振り返ってみて経験から学んだことがないか考えてみてください。そして、何度失敗してもまた同じ失敗をくり返す自分がアホだな〜と思う瞬間もあると思います。
私なんかは家で食器洗いを担当していますが、何度やっても洗い残しがあるので月に5回くらいは妻に注意されます。でも、また今月もくり返すと思います。
失敗でもなんでも経験してみてそこから学ぶことができたら、愚者ではなくて賢者でいいと思います。というかそういうことにしましょう。