月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

本当のことを言ってしまう病

私、たぶん死ぬまで治らない病気にかかっています。「本当のことを言ってしまう病」です。別に本当のことを言って何がいけないの?と思ったあなたはいわゆる「KY」かもしれません。もちろん私もKYです。

たとえば一番近い高校が五条高校なのに「五条高校に進学してはいけない」と思いっきり本当のことを言っています。こんなことを言ったら普通の五条高校生は私の塾に興味があったとしても嫌な感じがして行きたくなくなるでしょう。でも、本当のことだから言わずにはいられないのです。

 

今日も新高1の授業でひとつ本当のことを言ってみました。

「部活と勉強は両立すべきもの、というのはただの幻想」

です。

4月から高校生活スタート☆ 部活でリア充楽しみ☆

と考えていた生徒もきっと中にはいたでしょう。

でも、部活を頑張りたい生徒は塾にきてはいけません。どっちつかずになってしまうからです。中学校までは勉強が簡単な分、部活とバランスをとれる生徒も10人に1人くらいはいたことだと思います。しかし大学受験は3年間勉強漬けになったとしても大変なのに、部活もやろうなんて二羽の兎を捕まえようとするようなものです。

冷静に考えたらほとんどの平凡な人にとって不可能な大学受験と部活動、現代文的にいえば二律背反な事項は、なぜか中学試合と同じノリで「どっちも頑張る」と考えられてしまいます。でもこれは幻想です。よく考えて判断してほしいものです。

部活動と勉強の大きな違いは「誰のためか」という一点です。

部活動は紛れもなく自分の満足のためにするものです。異論があるひとはいないでしょう。「プロ」というものになって、スポンサーからお金をいただけるのなら話は別ですがそんなレベルの生徒は私の塾の春期講習に来ることは50年塾を経営したとしてもありえません。

では、勉強は自分のためではないのかというと自分のためにする人がほとんどです。しかし、最終的に誰か他人のためになるのが勉強です。

東大にいきたいとか、早稲田にいきたいとか、どこでもいいから高学歴と言われたいという感情は明らかに自分のためのものです。感情レベルでは部活動をやりたいということと違いはありません。

しかし、22歳になって実際に東大を出たり、早稲田を出たらどうでしょうか?

部活動はたいしてやっていないが東大卒の学生と、高校時代に部活動をそれなりにやったが3流私大の学生と比べて、高い値札が付くのはどちらだと思いますか?

東大卒にきまっています。

高い値札がつく、というのは社会から需要がある人物ということであり、社会からの需要があるということはそれだけ役にたつことが出来る可能性があるということです。

誰かの役にたてばたつほど、資本主義経済においてはたくさんお金が稼げます。結果的に、ゆとりのある生活ができるようになります。

もちろん、たった3年しかない貴重な高校生活において部活動に時間を費やすのもその人の人生ですから私が否定できるものではありません。しかし、最低限「両立」という響きがただの幻想であることに気づいて、冷静に考えたうえで判断すべきであることは言うまでも無いでしょう。

誰も言う人がいないから、仕方が無く私が言いました。悪く思わないでくださいね!

清須市の大学受験 相伝学舎
http://www.sodeng.jp