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月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

高校受験で実力相応の学校を目指す?より高いレベルを目指す?

木村の考え

たとえば内申点が40あって一宮高校を目指して自分よりレベルの高い人のなかで頑張るか、余裕をもって西春高校でトップを走るかとか、内申点が35ならそれが西春高校・新川高校の組み合わせになるかもしれませんし、まあ色々ありますよね。

たしかに鶏頭となるも牛後となるなかれ、みたいなことわざもありますけど、基本的には自分が目指せる最大限の高校を目指すべきだと私は考えています。

一番の理由は、学校のレベルが下がるというのは多くの人が想像しているよりもはるかに影響力があるからです。

たとえば西春高校と新川高校ではまったく雰囲気が違いますし、それは一宮高校と西春高校でも同じことです。一宮と一宮西のあいだにも隔世の感があります。人間というのはこの「雰囲気」にすごく弱い性質を持っていて、ようは流されます。とことん流されます。一宮高校に下位で入学したら、上位の人たちのおそろしい学力にびびりつつも刺激をうけつつ自分も頑張るとプラスの流されかたをしますが、〇〇高校に上位で入学したら中下位のゆるい人たちに引っ張られるというマイナスの流されかたをします。もちろん、それに負けない強い意志があればなんとかなるかもしれませんが、多数派の醸し出す空気というのは目に見えないわりに強力です。

というわけで、流されるなら良い雰囲気に流されたほうが良いに決まっているので、自分がいける限りレベルの高い高校に行って流されるのが良いでしょう、ということになります。

「でも、授業についていけないんじゃないか」という不安があるかもしれません。この点についてはちょうど一年前「高校についていく」という発想が間違い」という記事にしたとおり、高校の勉強は中学の勉強とはだいぶ様子が変わるので、入学時点で下位だからといって最初から無理ゲーかというと、そうとは言い切れません。やり方さえ間違えなければ、上位に食い込める可能性もあります。

と、一通りの意見を述べましたが、そもそも自分より低レベルな人間の集団に入っていこうとする意味が私にはわかりません。自分より賢くて魅力的な人間はこの世にいくらでもいるので、少しでもそういう人と付き合いたいと思うのですが、いかがでしょうか。

清須市の大学受験 相伝学舎
http://www.sodeng.jp

コッコウリツという空気と戦う

木村の考え 「コッコウリツ」支配の話

なかなか模試の数字が上がらないという生徒との面談で、原因としたら勉強に集中できる環境ではないように見えるが自分ではどう思うか、という話をしていて、自己分析もおおむねそのような様子で、どうしようかという話。

なんとしてでも(不要な科目を含めて)授業を受けさせたい学校と、なんとしてでも(不要な科目はもちろんのこと)授業を受けずに時間を作りたい生徒との戦い・・・

常々思うのですが、この辺の高校は生徒を応援する場所ではなく主役と主権は高校それ自体にあり、いかにして「全員で!」「コッコウリツに!」「特攻!」するかしか頭にありません。

生徒のうち10人中8人くらいはコッコウリツに行けたらそれで満足なんだから少数派の都合なんて聞いてらんねーよ、という感じなんでしょうし、多数派の皆様からすれば「はぁ?コッコウリツ行ければいいじゃん、学校の言うとおりやればいいじゃん、ただ反抗したいだけの中2病かよ木村のバーカ、早慶早慶言ってろw」くらいにしか思っていないのかもしれませんが・・・

別に、志望校は「砂漠の勉強をしたいから鳥取大学」でいいと思うのです(ちなみに、鳥取大学で砂漠の勉強が出来るかは知りません)。現時点で明確な希望があるのなら、それを応援します。

生徒たちには、最終的には主体性のない人間が多数派である社会で、主体性をもって人生の選択をし続けてほしい、その第一歩として大学受験は「みんなが目指すから僕も/私もコッコウリツ」ではなくて、固有名詞で語れよという話だし、もし現時点で明確な未来を描けていないのなら地方にいくよりは都市部(とくに東京)にいって、田舎にはない空気を吸ってその先の世界をのぞいてみれば可能性が広がるのでは、と考えます。

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やらないことを決めて、やることを決める

木村の考え

ただひたすら、目の前の問題を解く、毎日その繰り返しというのは出来る生徒も出来ない生徒も大きく変わらない事実です。では、その取り組む内容を自分で決めているかとういと、出来る生徒は決めているし、出来ない生徒は与えられ続ける、そういう違いがあるんじゃないかと考えています。

決めるというのはエネルギーを要することですから、誰かに決めてもらったことをするほうがはるかにラクです。それは小テストであったり、宿題であったり、期末テストであったりするかもしれません。

中学生の場合は、各教科の先生が中心の封建的な社会ですからやらないことを決めるというよりは、放課後に残された時間をどうすごすかという観点になります。

高校生の場合は、一般入試を志すのなら評定平均などあってないようなものなので、授業を受ける受けないやテストを捨てる捨てない、といった「やらないこと」を決めることが出来るようになります。

この「やらないこと」を決めるというのはこれまで15年間優等生で過ごしてきた生徒には抵抗があることかもしれません。スパッと割り切れる生徒もいれば、先生の目を気にして出来ないという生徒もいます。というかそもそも、抑圧的な指導の高校が多いので「やらないこと」を決めようなどと考えたこともない高校生のほうが多いのかもしれません。

大きく人生を変えたいという希望が特にないのなら、あえて「やらないこと」を決める必要はなく、取捨選択をせずに過ごしておけば困ることはないでしょう。

もし大きく人生を変えたいという希望があるのなら、「やらないこと」を決めることが絶対に必要です。周りと同じことをして結果を出すには超人的な能力が必要です。往々にして自分は平均以上の能力を持っていると思い込みがちですが、自分は平均であると考えるのが無難です。平均だからこそ、何をやらずに何に集中するのかを決めることで、差をつけることが出来るようになります。

これは、自分にたいする戒めでもあります。私は塾を開いてから、仕事に関係しない人と会うことをやめました。神奈川の実家にすら2年以上帰っていません。これで人生のほとんどの時間を塾に費やせます。人並み程度の能力の人間が結果を出すには、やらないことを決めて時間をつくらなければならないのです。

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高校の数学苦手の原因は 2

木村の考え

数学が苦手になる原因を、昨日(高校の数学苦手の原因は 1 )から考えています。

 

3. 二次関数軽視

中学の数学も同じことですが、高校の数学においても分野の積み重ねが前提であり、特定の分野が出来ないことによりドミノ倒しの要領で数学が苦手になっていきます。その最初の1つめのドミノになるのが二次関数です。二次関数は、最大最小の問題や解の配置の問題など、他の分野に影響を及ぼす問題が多く、しかもそのどれもが高校1年生にとっては難問です。中学時代には解ける必要のなかった難問を理解できずに終わってしまう高校生も多いのではないでしょうか。

(中学時代の数学が分かっていない、というのは論外とします。)

 

4. こんな説明じゃ分かんねぇよ!

ある生徒が「学校で、数学の出来る同級生があまりに説明の分かりづらい数学の授業を評して『あんな説明じゃ分かんねぇよ!』と言っていた」と、クラスの風景を語ってくれましたが、説明がわかりにくい先生に運悪く当たってしまって、努力の割には実らない、ということもあるのかもしれません。ただ、他の1〜3の原因と比べると、わかりにくい先生の割合が多くないことから、4番が原因であるケースは少ないように思われます。生徒は先生を選べませんから(もちろん、先生も生徒を選べないでしょうが)、受け入れがたくとも受け入れざるをえない、悲しい話です。

 

で、色々理由はあれど、数学が出来るようになるために私がすべきことに変わりはありません。基礎を重視し、二次関数を徹底的にたたき込む過程で、数学の一分野を教科書レベルから入試レベルまで理解する成功方程式を持ってもらう、以上です。

ただ、これは言葉でいうのは2行で終わってしまう簡単なことですが、実際この数学の考え方を身につけてもらうには、どんなに数学のセンスがある生徒であっても毎日数学だけに集中して2週間は必要です。 

「変数を置き換えたら定義域を確認しろ」とか「二次不等式は放物線を必ず書け」とか色々指摘しますが、一度で体得するのは難しく、何度も指摘する中で覚えてもらっています。

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高校の数学苦手の原因は 1

木村の考え

数学重傷患者の救急体制をととのえている私の塾では、患者の病状を観察することで、日々効果の高い治療法を考えています。適切な治療をほどこすのに必要なのは、原因を見極めることです。そこで、これまでの研究で判明している原因を紹介します。

 

1.基礎軽視
これはほとんどの生徒が抱えている原因です。公式は覚えればいい、定義はとくに気にしない、という態度が諸悪の根源であるとは、指摘されるまで永遠に気づかないでしょう。進学校は数学の進度が速いのでさっさと問題を解きたくなるのかもしれませんが、基礎軽視で対応できるのはせいぜい狭い範囲から出題される定期テスト程度です。いや、定期テストもそんなに簡単ではないので、定期テストすら結果が出ないこともあります。高1の春から勉強しているのに徐々に成績が下がる、という症状が特徴です。植物を育てるときに、肥料や水分を土に与えないで種を植えて芽が出ないとなげくようなもんです。
 
2.演習軽視
これも多くの生徒で当てはまります。問題集を一周やったくらいでは、解法の表面的なところしか理解できません。週末課題という無意味なプリントの消化で数学を勉強した気になっている高校生や、解説のない問題集を苦労して取り組むという涙ぐましい努力をしている高校生も、尾張には多いことでしょう。これらはかかる時間の割に吸収できるものが少ないという点で、結果として演習不足を引き起こします。キュウリをひたすら食べて、栄養不足をなげくようなもんです。
 
明日に続きます。
 
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