月刊木村:清須市で営む塾での日々

相伝学舎という塾を経営しています。好奇心の格差時代に、大学受験を通じた成功体験の場を提供することが使命です。

潮干狩り論 続き

個人主義というのは何も難しいことではなく子どもに対して「ありのままの姿みせるのよ」を尊重して接して、とにかく褒めておだてて育てることです。少子化もあいまって、親だけでなく周囲の大人もとにかく腫れ物を触るようにして子どもに接します。

こうすると、本来他者との関係のなかで築くべきアイデンティティが適切に養われず、自分は唯一無二な大切な存在であるという間違ったアイデンティティを構築することになります。

そもそもアイデンティティとその訳語である自己同一性という訳語がよくない。せめて「他者関係性」とか「共同体内役割」のような言葉をあてるべき。

自分が親ありき、家族ありき、学校ありき、国家ありきの存在であるという認識が強まれば多くの問題が解決します。

本来「しなければいけない」義務が、「してもよい」権利のように成り下がってしまっている。勉強して賢くなって将来働くことは、共同体内の人間にとって権利ではなくて義務です。これは憲法云々の話ではなく、もっと手前の生物としての人間に与えられた義務という意味です。

みんなでバーベキューしているときに、周りの人が全員何らかの準備をしていて自分だけ何もしていなかったら気まずいように、社会のなかで生きている人間が働いて自分の役割をまっとうしていなかったらダメでしょという話。

これが学生なら、ちゃんと学校に通って授業を聞いて勉強するというのが与えられた役割です。

ただバーベキューと違って、社会生活はバーチャルな分自分の役割を実感しにくいし、社会があまりに整っているので何もしないフリーライダーになっても気まずい思いをしにくい。

だから教育でそのような価値観をすり込む必要があるんですが、今は「ありのままの」の時代なのでダメなんです。

先日子どもの自殺に対して国会で高市さんが、自分の命は何百人もの先祖あってのものといって、ものすごく問題の芯を捉えた発言をしていましたが結構批判されていました。

先祖をたどればそれこそ「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへいくのか」という自問のなかで、次の世代への役割を果たそうという気持ちになるものですが、これは日本人の思考の本当に根っこの部分なので解決しようとしたら学校教育の価値観を根こそぎ変えないとどうにもできない。

そのうえ、思考の根っこの部分は自分では認識しづらい(私たちはタコを食べることをなんとも思わない)ので「先祖からつないでもらった命」と言われてもピンとこない人が多い。だから批判される。

でも「ありのままのあなた」ではなく、与えられた役割があるという価値観になれば自殺も不登校も引きこもりも大部分解決するでしょう。

相伝学舎 清須 http://www.sodeng.jp
reasn いりなか・八事 http://www.reasn.jp
短期集中 英語教室 TSE http://www.tsem.jp